それは本当に子どものやる気、自主性を引き出すため?とある公園の窓口対応に思うこと。
とっても天気の良い午後、森の中にあって緑も眩しいとある公園へ親子ででかけました。
その公園の一角には道路や信号機、踏切が設置されている交通広場という施設があり、小学生以下であれば、受付をすれば足踏みゴーカートなどに乗って、その施設を利用することができます。
今日はそこであった、ちょっと、いや、大分モヤモヤッとした出来事についてのお話しです。
公園の受付にて
足踏みゴーカートなどの利用希望者は、まず受付で氏名と在籍学校・学年を用紙に記入する必要がありました。
幼児も同じくその施設を利用できるのですが、小学生のように用紙への記入は必要なく、順に並んで番号札を受け取って乗り場の方へ移動していました。
まだ名前は書けません!
当時、入学して日が浅く自分の名前は読めるけれど、書く方はお手本が隣にあれば書けるレベル。
親が書けばいいや・・・と私が鉛筆を握った途端、
(`Д´)「自分で書かせてくださいっ!!!」
と、受付のおばちゃん。
・・・なんでこんなに威圧的なんだろ・・・と思いつつ、
「あのー、まだ入学したばかりで字が書けな・・・」
と言いかけたところ、
(`Д´)「書けるだけでいいから、まず自分で書いてくださいっ!!」
とかぶせるように言われました。
・・・人の話し聞こうよ・・・
と思いつつ、
あぁ、この人には何を言っても無駄だな、と彼女の口調と雰囲気からそう思った私は
「書けるところだけでいいよ。」
と子どもに声をかけましたが、こういう何かを「させられる」雰囲気が大の苦手な彼は固まっているだけ・・・
子どもの手を持って一緒に記入を済ませて、サッサとその場を離れました。
足踏みゴーカート自体は楽しんでいた息子。
受付さえすれば何度でも乗車は可能でしたが、
「また名前を書かなきゃいけないでしょ?」
と、遊具の方へサクッと移動しました。
実は2年前にも同じことが
遊具で鬼ごっこをして遊んでいると、偶然お友達を発見!
母はシンドイ鬼ごっこから解放される〜と、ホッとしつつ、そのお母さんとしばしおしゃべり。
先ほどの受付でのやり取りについてモヤモヤしたものを抱えていたので、こんなことがあってね、かくかくしかじか・・・と話すと、
「うちもー!入学すぐにここに来て同じこと言われたのー!!」
上のお子さんは息子より2つ年上なので、なんと2年前からあのおばちゃんは同じ対応をしていたことが判明。
・・・それ以来、その交通広場も利用していないんだって・・・
多分、同じ対応を受けちゃった子どもは他にもいるよね???
子どもの何を引き出したかったのか?
あれだけ強い口調で小学生にやらせようとしているのだから、恐らく教育的な意味があって、やっていることなんでしょう。
憶測だけど。
入場者の統計を取るなら幼児も受付をするはずだし、なぜ小学生だけ学校名・学年・氏名を記入する必要があるのかは不明。施設の利用に関しては、保護者の付き添いも不要だから、記入は任意じゃないのかな?
親でもない人が、いちいち子どもの特徴を見て声をかけてくれることを期待はしていません。
が、あの押さえつけるような
「ねばならない」
で譲らない、彼女の態度はどうなんだろう?
子ども(特に小学生以下)のやる気、自主性を引き出すつもりで多くの親を含む大人は「強制」というこの手の勘違いをしていないかな、と。
親や大人にとって都合が良くても、子どもにとって理不尽なことは、今は上手くいっているようでも、子どもが自分自身と周りの世界を見られるようになったときに、
家庭内なら親への抵抗
家庭外なら対象の大人そのものや制度などへの抵抗
となって現れます。
いわゆる「反抗期」というやつです。
参考:
●「どう向き合う!?反抗期」…なんて番組(文責:どんぐり倶楽部代表・糸山泰造)
押さえつけられていた期間が長く、そして圧力が大きいほど、大爆発の危険も膨らむ。
自分の中に残った大きな傷を癒すために、子どもが今後どんな行動を取るようになるのか?ということ。
「まさか、あんなに頭が良くてフツーに見える子が?!」のタイトルでメディアで度々目にする事件。
・・・他人事じゃない、ですよ。
それは本当に
「あなた(こども)のため」??
図書館で借りてこようかな~、と思っている本。
あの受付のおばちゃん自身もそうやって育ったのかもしれない。
あの口調、数十センチもあるようなシェルターの中にいるようなあの近寄り難い雰囲気に、ふとそう思ったり。
苦情は言わないの?
いや、そんなにモヤモヤしてるんだったら、その受付のおばちゃんなり、公園を管理している行政なりに物申せばいいじゃん、と思われた方も多いでしょう。
実際モヤモヤし続けて、ブログにだって書いてるわけだしね。
その場で言ってやろうと思いましたよ、実は。
でも、多くの子どもが並んでいて、更に我が子は緊張で固まっている状況では、クレームをつけるタイミングではない、と思いました。
あの彼女の畳み掛けるように言葉を投げつける様子から、こりゃ、何を言ってもこの人には届かないな、とこちらのエネルギーを使うのももったいなかった。
管理者にメールなり電話なりで抗議しても、2年も放置されていたのだから、多分変わらない、嫌ならこちらが関わらなければいいだけ、と。
それよりも問題かもしれないこと。
で、実はここが本題だったりするわけで。
前振りながー。
私の
「どうせ変わらない。」
と行動を起こさないこの態度が、今の日本や世界の「変わらない」「終わらない」様々な問題に続いちゃっているんだろうな、って。
大げさですかね?
いや、そうでもないかもよ。
おわりに
あの公園の受付を後にしたとき、モヤモヤッとした思いもそこに置いてきたつもりでした。
が、
結局モヤモヤエネルギーが続いている・・・
エネルギーが少なく、使い方も下手くそな私はやっぱりここらでそのモヤッとさんを切りたいので、公園課へメールしようと思います。
変わることは期待してません。
このホームページを立ち上げた理由の一つと一緒。
「どんぐり倶楽部」の存在を知ってほしい。
だから、こう感じた一市民がいた、という声を届けるだけ。
なんか格好のいいこと書いてるような気がしますが、結局自分が納得したいだけ。
ま、自己中心的な人なんです、私って。