2016/12/223 Shares

健全な競争とライバルの存在で子どもは伸びる~縄跳びとザリガニ捕りでも学力アップ!~

笑顔の子ども

子どもの

「あんな風に僕もなりたいな。」

という、純粋な憧れ。

競争に優劣をつけるのでもなく、真っすぐなその思いのパワーの凄さを見つけてしまいました。

子どもって、スゴイ。

2回ぐらいしか跳べなかった、縄跳び

幼稚園から小学生の冬の定番といえば・・・

縄跳び

幼稚園時代、ピョンピョン跳ぶお友達も周りにいましたが、それほど彼の縄跳び熱はなく、お兄ちゃんがやるならぼくも~、って感じのお付き合いでした。

我が家にはTOEI LIGHT(トーエイライト) 長なわNS-6M B-3031もありますので、どちらかというとそちらの方を楽しんでいました。

これを家の前で回していると、子ども達が寄ってきます。(笑)外遊びにおススメです。

それほど練習もしないし、前跳びよりも後ろ跳びの方が回しやすいようでしたが、それでも回数にすると

前跳び2回

後ろ跳び5回

程度でした。

縄跳び100回以上跳べるように

縄跳びをする男の子

冬になって、授業で縄跳びが始まりました。

お兄ちゃんのお下がりの縄跳びを持って行き、学校から帰るとすぐに

「ママ、縄跳びしよ!!」

するとビックリ。

縄跳びのフォームもこれまでとまるで違っていて、一気に30回以上前跳びができるようになっていました。

それから数日で100回以上跳べるようになりましたし、前跳びだけでなく、後ろ跳び・交差跳び・あや跳びなどの跳べる種類もどんどん増えていきました。

ある日の公園での出来事

話題は飛んで、ある日の公園での出来事です。

ザリガニを捕まえたい

ザリガニ釣り

その日はあさイチでクラスのお友達と公園で遊ぶ約束をしていました。

目的は『ザリガニ釣り』。

太陽が昇ってきて、池の水があったまってくると、入れ食い状態でザリガニが釣れる釣れる!

一人、とってもザリガニを捕まえるのが上手い子がいました。その男の子は兄貴肌で、クラス中の男の子から頼りにされている子。

もちろん、次男との会話の中にもよく出てくる男の子でした。

実はハサミが怖くて素手で捕まえるのは苦手だった次男。

何度もザリガニを吊り上げ、素手でホイホイ飼育ケースに入れていくその子を見て、とうとう自分もチャレンジ。

「後ろから捕まえれば大丈夫!」

という声援も受けて、次男もつかみあげることができました。

もちろん、ニッコニコ。

おまえ、スゲーなぁ~!!!

そのザリガニ釣りを楽しんでいた時、他の男の子達も釣ってみたくなりました。

ある男の子が拾ってきた枝は、小枝も葉っぱもたくさん付いていてなかなか一本の釣り竿にならない。

「貸して!」

と次男が枝を受け取ると、バキバキ・ボキボキ、あっという間にきれいな釣り竿に。

それを見た、枝を拾ってきた男の子は、目をまん丸にして、

おまえ、スゲーなぁ~!!!

次男は、別にそんなにすごいことでもないよ、と言いたげに平静を保っていましたが、実は嬉しさを隠しきれなくて、鼻の穴が広がっていたのは見過ごしませんでしたよ。( *´艸`)

視覚イメージとライバルの存在

視覚

えーっと、ここまで、ただのうちの子の『できた!』自慢を書いたわけではありませんよ。

結果である『できること』には大きな意味はありません。

ここで、どんぐり理論で整理してみたいと思います。

視覚イメージとイメージトレーニング

縄跳びのエピソードでは、

お友達(ライバル)のように跳んでみたい!という向上心と、縄跳びが楽しい(好き)という気持ち(感情)が、縄跳びの細かな動きを意識して観ることにつながり、その自分の目で観て捉えたイメージ(視覚イメージ)を、自分の体の動きがそれにマッチするように、微調整を繰り返しているという過程について。

(その動きを結果的に自分のものにできたことはおまけ。)

縄跳びがホイホイできる大人からしたら、所詮縄跳びでしょ?!かもしれません。

でも子どもの頭の中では、想像もつかないほどの学力のもとが育っているんです。

わかる』=見える(縄跳びの動きを頭の中でイメージする)

考える』(何度も自分の視覚イメージにマッチするように体の動かし方を微妙に変化させる)=工夫する

良質の算数文章問題、通称どんぐり問題であれば、

文章通りの絵図を描く=見える=わかる

描いた絵図を答えが見えるように動かす=工夫する=考える

そして、縄跳びやどんぐり問題の楽しさを味わい、体で納得し(体感)、「これでいいんだ」という自信を育み、感情の安定につなげて、判断力のもとを作っていく。

遊びも、お勉強も育てている力は同じ、というのがわかりますね。

詳しくは

もっともっと知りたい方は、以下を参考に。

みっつめのヒント 脳と体 武井壮さんの理論 (どんぐり学舎ブログより)

「どんぐり倶楽部」BBS過去ログ~2007.02 (キーワード:『手を添えて』で検索してみてください。)

『できる』必要はない~長男のケース~

こんな複雑な脳と体(筋肉の動かし方)のやり取りを一瞬で習得してしまう子ども達ですが、これがフツーとか、当たり前、ではありません。

長男は視覚イメージ(というよりも対象への注目の仕方かな。)と実際の動きにつなげる脳からの指令に多少の凸凹があります。

ですので、ずーーーっと縄跳びはそれほどできませんでした。

が、考える力がないと生きていけませんが、

縄跳びができなくても死にゃぁせんのです。

鉄棒もサッカーも野球も同じ。

長縄もサッカーも野球もみんなでやると楽しい、練習を無理強いせず、ダメ出しもせず、求められてアドバイスをするならピンポイントでちょこっとだけ。

で、中学生の今、一通り跳べています。

もちろん、跳べないままでも劣等感を抱くこともないし、問題ないです。

大人がすべきことは、「自分からしたいと思うような環境づくりをすること」です。

12歳までに「絶対学力」を育てる学習法―すべての教科に役立つ万能の思考力を伸ばす P.82

これに尽きるな、と思います。

健全なライバル(仲間)、という存在

ライバル

幼稚園時代から次男と私は寒くなってくると、当時小学生だった長男につられて外に出て、縄跳びをしていました。

私や兄のお手本を何度も見ていたはずなのに、縄跳びのフォームやリズムは身につきませんでした。

ザリガニを捕まえるのだって、間近でお兄ちゃんが捕まえているのをこれまで見ていても、自分で素手で捕まえることはありませんでした。

同世代のお友達の存在は

  • お友達の存在(ライバル)とあんな風に跳びたい!という純粋な憧れ(向上心)が、意識して動きを観察することと、練習を続けられる動機
  • ザリガニを思い切ってつかんでみよう、というチャレンジ

に大きく影響したんじゃないかな~、と思うのです。

ライバルって、張り合うとか、足を引っ張り合う・・・みたいなマイナスイメージがあります。

今回はどちらかというと、好敵手とか切磋琢磨できる仲間、という感じです。

同世代の子ども達と一緒に過ごすメリットはここにもあると思います。

まさに、

遊び・友達・思考力

ですね。

私は、いつの時代にも子供に必要なものは、「遊び(Asobi)・友達(Tomodachi)・視考力(Shikouryoku)」だと思います。私はこれを「すべての子供に必要なATS」と呼んでいます。

新・絶対学力―視考力で子供は伸びるあとがきより。

お友達の憧れと本気のスゴイ!!

びっくり

ザリガニ捕りのエピソード二番目のお友達が次男を見て言ったこの、

おまえ、スゲーなぁ~!!!

この時の彼の表情、ひとみの輝きを私は忘れません。

心から尊敬し、憧れ、思わず口から発せられた感嘆の言葉。

そこには私たち大人が抱くような

ここでいい気分にさせておいて、やる気を続かせよう

とか、

自信がつくらしいから、取りあえず褒めて育てておこう

とか、

そういう意図的なウラが一切なかった。

素直に称えてくれる友達(共感できる仲間)の存在のありがたさと同時に、大人たちが安易に使う、空っぽの

「スゴイね。」

という言葉は、子ども達にどれだけ失礼なんだろう、とやっとわかりました。

私、こんな風に自分の言葉を伝えられているかな?って。

健全な競争を

●競争は必ずさせよう

無意味な競争をさせる必要はありませんが、競争を恐れてはいけません。キチンと準備して、立ち向かわせるべきです。ただし、その競争にどれだけの意味があるのかは確実にわからせなければいけません。ここが重要なところです。競争をさせないということは、競争を分からなくさせ、対応できなくさせるだけで、競争社会では何の対策もとれない子にしてしまうかもしれません。必要最低限の競争はやっていいのです。しかし、そのときはキチンとやらせます。~(中略)~「歌が上手」「英語の発音がきれい」-それぞれはまったく関連していません。そのことだけを認めるのが重要です。この基本的認識方法が大切であり、正しい教育といえまず。そうすれば競争の弊害はありません。子供を評価することではなく、認めてあげることが大事なのです。

新・絶対学力―視考力で子供は伸びる p.80

競争はライバルという言葉同様、マイナスイメージが強いかもしれません。

今回の二つのエピソードは自然に発生した、健全な競争だったな、と思いました。

それを不健全な競争にあおるのは、大人。

競争をあおるママ

子ども達を見ていると、いくらママが競争を意識しないよう心掛けて生活しても、子どもってどうでもいいことで張り合ったり、競い合いますよね?

それは、

子どもの中の自分自身を成長させたい、高めたい、という欲求。

人間は変化させること=『考える』(イメージを変化させること、想像すること)が楽しい生き物だから、新しい自分を想像することがワクワクします。

それに、大昔なら他よりも秀でていることは、自分の種を残すことにもつながります。

子どもはまだ発達途中だから、それが強くでているだけ。(もちろん個人差があります。)

だから、大人が健全な競争ができるように環境を整えてあげる必要があります。(どんぐり倶楽部では『環境設定』と呼びます。)

体育でたくさんお友達と一緒に縄跳びを練習したこと、おうちでも練習したこと、いろんな跳び方ができるようになった喜び・・・

縄跳びが100回以上跳べるようになった。

という結果の裏にある過程に思いを共有しながら、言葉をかける。

「うん、うん。」

とにっこりうなずくだけかもしれない。

「わーっ!がんばったね!」

と一緒に飛び上がって喜ぶことかもしれない。

対応は子どもとママの数だけ違います。

いや、同じ子どもでもその時々の状況で対応が違います。

改めてヒトである子どもを人間らしい判断力を含む思考力を持った人間に育てる責任感に背筋がシャキッとします。

だって、私の言動すべてが子どものお手本になってしまうんです。

(でも、すぐフニャってなっちゃうけど。)

どんぐり倶楽部ロゴ

どんな『結果』でも、『事実』の一つと客観的に捉え、次に生かすためにどうやって工夫するか?

人生はこれの繰り返し。

事実を見る目、判断する力、困難と思えるような状況でも楽しめてしまうタフさ・・・

今回取り上げた健全な競争含め、このような生き抜くための基本的な力をつけるための具体的な方法を、どんぐり理論では学べます。

みんな、出会って欲しいな~。

現実は不健全な競争だらけ

落ち込む

といっても、現実は厳しいです。

小学校では、

  • 計算タイムを競わせます
  • 早くできた子どもには、シールなどのご褒美があります
  • 自分のテンポと合わない曲を流し、縄跳び検定があります
  • グループポイント制にして、順位を競わせます

etc

家庭でどんなに頑張っても、過ごす時間が圧倒的に長い学校で行われる無意味な競争の悪影響は大きいです。

家庭でどれだけリセットできるか?

どんぐりママの腕の見せ所です。

おわりに

縄跳びできただの、ザリガニつかめただの、どうでもいいことに5000字以上使う意味あるの??と思われたかもしれません(^-^;。

どんぐり子育てをしていると、とっくの昔に忘れてしまった子どもの頃の

ワンダー

な気持ちがよみがえってくるんです。

なんか小難しいこと書いたけど、どんぐり理論で『ただの日常』が『ドキドキとワクワクの感動的な一瞬』に変わってしまう衝撃をお伝えしたかっただけです。

どんぐらー親の会にはドキドキとワクワクを一緒に楽しめる仲間が待っています。

もちろん、

そんなママ達をそっと応援してくれる先輩どんぐらーママさんの加入もお待ちしています。

どんぐらー親の会